宿でスパイスチキンをお出しすると、かなりの確率で聞かれる質問があります。「これ、何の味付けですか?」——答えはいつも同じで、「ラブです」。すると次に来るのが「ラブって何ですか?」。この記事は、その質問に火の前でお話ししている内容を、そのまま文章にしたものです。結論から言うと、BBQの味の勝負は、焼く前の"粉"でほとんど決まっています。
- 日本の「万能スパイス」は偉大な発明。ただし「誰がどこで焼いても同じ味」という副作用がある
- ドライラブ=焼く前に肉にまぶす乾いたスパイスミックス。タレとは役割も順番も別物
- ラブは蓋つきグリルの穏やかな熱で「バーク」という香ばしい層に育つ。ここがタレとの決定的な違い
- 与論の宿ではBBQ先進国オーストラリアのプレミアムラブを使用。スパイスチキン(20〜30分)の正体はこれ
- 塩・砂糖・パプリカから自分の配合を創作できるのがラブの醍醐味。宿と同じラブは姉妹ショップでも買える
万能スパイスの功と罪——「誰が焼いても同じ味」問題
まず最初に言っておきたいのですが、私たちは日本の万能スパイスを否定しません。むしろ尊敬しています。振るだけで肉も野菜もご飯も決まる。キャンプ場で調味料を並べる手間が一瓶で消える。あれは間違いなく、日本のアウトドアを楽にした偉大な発明です。私たちの車にも一本転がっています。
ただ、宿で何十組ものBBQをご一緒してきて、気づいてしまったことがあります。万能スパイスで焼いた肉は、誰が焼いても、どこで焼いても、同じ味になるんです。河原でも、キャンプ場でも、与論島でも。便利さの代償として、「その日その場所の味」が消える。味の素やほんだしが日本の家庭の味をひとつの方向にそろえていったのと、構図はよく似ています。
世界一味覚に敏感だと言われる日本人が、こと屋外の火のこととなると、味付けの創作をあっさり手放している。これはもったいない、というのが私たちの正直な感覚です。そして実は、BBQ先進国では味付けの主役がまったく別のところにあります。それがラブ(rub)です。
ドライラブとは何か。タレとは何が違うのか
ラブは英語の rub=「こすりつける」から来ています。焼く前の肉の表面にまぶして、手ですり込む乾いたスパイスミックスのこと。塩と砂糖を土台に、パプリカ、黒胡椒、ガーリック、オニオン、チリ、ハーブなどを配合したもので、アメリカやオーストラリアのBBQでは「どのラブを使うか」「自分のラブをどう配合するか」が、ピットマスターの個性そのものです。
「タレに漬け込むのと何が違うの?」とよく聞かれます。役割がまるで違います。
| タレ・ソース(液体) | ドライラブ(粉) | |
|---|---|---|
| 使う順番 | 仕上げ間際 or 食べるとき | 焼く前にまぶす |
| 味の乗り方 | 表面に「かかる」 | 肉汁と混ざって「層になる」 |
| 火との相性 | 糖分が多く最初から塗ると焦げる | 穏やかな熱でじっくり香ばしくなる |
| 結果 | タレの味=どの肉も同じ味方向 | 肉の味が主役。スパイスは輪郭 |
日本の屋外焼肉は「焼いてからタレ」の文化なので、味付けはいつも最後です。ラブの文化は逆で、味の設計は火にかける前に終わっている。焼いている時間は、味を「つける」時間ではなく、味が「育つ」時間なんです。
バークができる仕組み——ラブは「焼くと育つ」調味料
本場のBBQにバーク(bark=木の皮)という言葉があります。ラブをまとった肉をじっくり焼いたとき、表面にできる濃い色の香ばしい層のことです。上手に焼けたスパイスチキンの皮が、パリッと香ばしく、噛むとスパイスと肉の旨みが一緒に来る——あれがバークです。
仕組みは意外とシンプルです。まぶした塩が肉の水分をわずかに引き出し、その水分にスパイスが溶けてペースト状になる。そこへ蓋つきグリルの穏やかな熱が加わると、砂糖がキャラメリゼし、肉のタンパク質と反応して(いわゆるメイラード反応です)、香ばしい層に固まっていく。粉が、肉汁と熱を借りて、その肉だけの「衣」になる——だからラブは「かける調味料」ではなく「育てる調味料」なんです。
ここで蓋つきグリルの話とつながります。直火の強火だとスパイスは層に育つ前に焦げて苦くなります。蓋を閉めた間接熱でじっくり——というYORON BBQの焼き方は、じつはラブの味を最大化する焼き方でもあるんです。道具のロジックとスパイスのロジックは、セットでひとつです。
与論の宿で使っている豪州プレミアムラブの実際
私たちの宿のBBQで使っているのは、BBQ先進国オーストラリアから輸入しているプレミアムラブです。アメリカ南部と並んでBBQ文化が生活に根づいたオーストラリアには、専門メーカーが競い合う多様でエキゾチックなラブの世界があります。正直、日本でグリル特化のBBQラブがほとんど流通していないのが不思議なくらいの層の厚さです。
宿の定番メニューでの使いどころを挙げると——
| メニュー | 時間の目安 | ラブの仕事 |
|---|---|---|
| スパイスチキン | 20〜30分 | 看板。前もってラブをすり込み、蓋を閉めてじっくり。皮がバークに育つ |
| ビアカンチキン | 丸ごと1羽 | 丸鶏の全身にラブ。立てて焼くので皮全体が均一に香ばしくなる |
| グリル野菜 | 片面2〜3分 | オイルを絡めてラブをひと振り。焼き目とスパイスで野菜が主役になる |
| シダープランクサーモン | 8〜12分 | 杉板の香りを邪魔しないよう、柑橘系のラブをごく薄く |
面白いのは、お客さまの反応です。スパイスチキンを一口食べて「これ何の味?」となり、ラブの瓶をお見せして、香りを嗅いでもらう。すると次の一枚を焼くとき、「ちょっと自分で振ってみていいですか」と必ず誰かが言い出します。味付けが「済んでいるもの」から「自分がやるもの」に変わる瞬間で、私たちはこの瞬間が一番好きです。
自分の配合を創作する——ラブは自由な遊び
プレミアムラブの瓶は入口です。その先には、自分で配合する遊びがあります。基本の骨格はこれだけです。
- 塩:味の土台。全体の芯になる
- 砂糖(きび糖や黒糖でも):バークの甘い焦げ色をつくる
- パプリカ:色と穏やかな甘み。BBQラブの赤い正体はだいたいこれ
- 黒胡椒・ガーリック・オニオン:香りの推進力
- +自由枠:チリ、クミン、山椒、柚子皮、島の黒糖——ここが創作
この「自由枠」に何を入れるかで、ラブは自分のものになります。与論でやるなら島の黒糖を砂糖に置き換えるだけで、もう既製品にはない味です。山椒を効かせれば和の丸鶏になり、クミンに寄せればエスニックに振れる。万能スパイスが「考えなくていい」道具だとしたら、ラブは「考えるのが楽しい」道具です。難しさはありません。粉を混ぜるだけですから、失敗しても次の一羽で配合を変えればいい。この試行錯誤こそ、日本のBBQからいちばん失われていたものだと思います。
同じラブを家でも:姉妹ショップ AN BBQ SHOP
宿でラブの香りを嗅いだお客さまから、帰り際に「これ、どこで買えますか?」と聞かれることが増えました。以前は「輸入なんです、すみません」とお答えするしかなかったのですが、いまは違います。私たちの姉妹ショップ AN BBQ SHOP で、宿で実際に使っているオーストラリアのプレミアムラブを扱っています。
旅の記憶は、香りと一緒に持ち帰れます。与論の夜に食べたスパイスチキンを、自宅のベランダの小さなグリルで、同じラブで再現する。そこから自分の配合に踏み出してもらえたら、私たちとしてはこれ以上うれしいことはありません。
よくある質問(FAQ)
ラブとタレ(ソース)はどう使い分ければいいですか?
ラブは焼く前に肉の表面にまぶす乾いた粉、タレは基本的に焼き上がり間際か食べるときのものです。糖分の多いタレを最初から塗ると焦げやすくなるので、まずラブで焼き、仕上げにタレを絡めるのが失敗しない順番です。
ラブはどれくらいの量をかければいいですか?
「ちょっと多いかな」と感じるくらいが目安です。表面にまんべんなく、うっすら地肌が見え隠れする程度にまぶし、手のひらで軽く押さえて密着させます。焼くと角が取れるので、振りかけた時点のしょっぱさで判断しないのがコツです。
ラブを使うのに蓋つきグリルは必須ですか?
必須ではありませんが、相性は抜群です。蓋を閉めた穏やかな熱でじっくり火が入るあいだに、ラブが肉汁と混ざって香ばしい層(バーク)に育ちます。直火の強火だとスパイスが先に焦げやすいので、蓋がない場合は炭を片側に寄せた穏やかゾーンで焼いてください。
宿で使っているラブと同じものは買えますか?
はい。私たちの姉妹ショップ AN BBQ SHOP(an-bbq.jp)で、宿で実際に使っているオーストラリアのプレミアムラブを扱っています。旅から帰ったあと、自宅のグリルで同じ味を再現できます。